2008/11/28

子どもの本だより 72号

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 子どもの本だより

                 2008/11/28     no.72
                      <発行部数 772>
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 今月は、ピーター・スピアの絵本を2冊ご紹介します。どちらも、
わらべうたを題材にスピアが彩管を揮った楽しい絵本です。どうか
隅々までじっくりとご堪能ください。絵が文字を補って余りある端
正な作品です。
                        (吉田真澄)

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『きつねのとうさん ごちそうとった』
                   ピーター・スピアー え
                       松川真弓 やく
                           評論社
                    定価 1365円(税込)


 ニューイングランド地方で古くから歌われているわらべうた――
を、スピアは見応えのある美しい絵本に仕立てました。
 スピアの絵本の中では、"Peter Spier's Christmas!"(邦題『ク
リスマスだいすき!』現在絶版)と並んで、私が最も好きな作品で
す。
 何といっても、スピアが描く晩秋のニューイングランドの美しい
こと! 煌々たる月の下で、赤や黄に色づいた木々や青い山並みが
輝いてみえます。その明るく照らされた道を急ぐとうさんぎつねで
す。


   おつきさま おねがい
   あかりを ください。あかり あかり
   ぼくは むらに つきたい。
   つきたいんだ。


 川にかかった橋を渡り、教会の墓地を通り抜け、たわわに実るり
んご畑を突っ切って辿りついたお百姓さんの家畜小屋。
 きつねのとうさんがその小屋の扉を開けたとき、驚いたあひるた
ちは、目をまん丸に開けて驚く表情をしながら、涙を浮かべていま
す。きつねのとうさんは、しかし、容赦はしません。舌なめずりを
するが早いか、あっという間に鴨とあひるを一羽ずつ仕留めること
に成功です。


   おもての おおさわぎ
   おばさん まどから のぞく。
   かもたちが きつねに おそわれてるよ。きつね きつね
   ジョン はやく おきてよ。
   はやく おきてよ。


 太って体格のいいおかみさんに急かされてベッドから飛び起き、
マジメな顔でズボンを穿くお百姓のジョン。いかにもおかみさんの
尻に敷かれています、という風情の彼は、あわてて銃を手にすると
ラッパを吹きながら家を飛び出しますが、きつねのとうさんに追い
つくことはできません。
 このあたりの人間の描き方はユーモラスで、思わず笑いを誘われ
ます。スピアは、自身のどの作品でも、皆真剣に生きているからこ
そ生まれるおかしみを上手に表現していますが、ここでも同様です。
 まんまと人間をだしぬいたきつねのとうさんは、大切な獲物を落
とすことなく、無事に我が家へと帰り着くことができました。その
あたたかなほら穴の中では、奥さんぎつねとたくさんの子ぎつねが、
今か今かととうさんの帰りを待ちわびていたのです。


  まってた まってた、とうちゃん
  むらは すてきだ。すてきな とこだ。
  とうさんの とってきた かもや あひるは きられ
  はじめての すてきな ごちそうになった。すてき すてき


 物語の最初から最後まで、きつねのとうさんがどの場所にいても、
月は明るくその行く手を照らし続けています。水彩絵の具で掃くよ
うに塗られたそれぞれの見開きは、やわらかい光を帯びていて、こ
の作家特有のパノラマに広がる画面に深さと奥行きを与えているよ
うです。
 一方、交互にあらわれる黒いペン一色で描かれたページは、生き
生きとした線がディテールの精巧さを際立たせ、余白と上手く溶け
合いながらすっきりと美しい画面をつくっています。
 きつねのとうさんの行く手を俯瞰で見せるのは彩色画、その姿を
クローズアップして周囲のこまごまとしたものまで見せるのは、ペ
ン画のスケッチ――作者自身が、実際にニューイングランドのこの
景色に心惹かれたからこそ出来上がった1冊に違いない、と確信し
てしまうほど勢いのある筆致です。
 たのもしいきつねのとうさん、まぬけなお百姓のジョン、そして
牧草地でやすむ牛や美しく紅葉した野山――全ての動物、人間、そ
して自然に注がれる作者のあたたかい視線が感じられる1冊でした。



『ロンドン橋がおちまする!』
                    ピーター・スピア 画
                        渡辺茂男 訳
                         ブッキング
                    定価 1680円(税込)


 長らく絶版になっていた『ロンドン橋がおちまする!』(以前は
冨山房から出版されていました)が、このたび復刊されました。心
待ちにしていた読者の方もいらっしゃることでしょう。
 流されたり壊されたりを何度も繰り返し、その都度架け直されて
きたロンドン橋の歴史については、巻末に詳しく説明されているの
で、ここでは触れませんが、こうした故事が、いつしかわらべうた
として詠われるようになったことにこそ感興をそそられる思いです。
 スピアは、旧約聖書の『ノアのはこぶね』も絵本にしています。
そして、途轍もなくスケールの大きなこの物語を、作家自身の想像
力を駆使し、具体的に描くことに成功しました。聖人ノアさえも、
私たちと変わりない一人の生身の人間として感じられたほどです。
 同様にこの絵本でも、スピアは彼自身の「ロンドン橋」を創りあ
げています――私たち異国の人間にも馴染み深いわらべうた
"LONDON BRIDGE IS FALLING DOWN" をもとにして――。
 絵本の冒頭には、村の入り口でロンドンへ行く道を尋ねる役人ら
しき人物と、それぞれ別々の方向を指差して応える村の農夫や兵士、
乳絞り女が描かれています。のっけから、この作家らしいとぼけた
ユーモアが画面いっぱいに漂います。
 設計図とにらみあい、最初に架け直された橋は、木と粘土ででき
ていました。その橋が「流される」と、今度は鉄と鋼で、更には金
と銀で、次々に新しく架け替えられるロンドン橋―橋の上には住居
や店舗があって、果物売りが行きかい、洗濯物がはためきます。私
たちの身近にある橋とは大きく違うようです。
 絵本の中ほどには、水墨画のように静謐な画面も登場し、賑やか
なわらべうたに叙情性を加えています。この風景は、私たちもよく
知る“霧のロンドン”なのでしょう、霧に煙る美しいロンドン橋で
す。そして、金と銀で架け替えられた橋には、強奪目的の海賊も現
れますが、それが何と、あのジョン・シルバー(らしい)なのも、
私には楽しい趣向でした。
 喧騒の町ロンドンが丸々この絵本の中に入ってしまったさまは、
まるで中身のぎっしり詰まったおもちゃ箱のような風体です。スピ
アの他の(横長画面の)作品『うんがにおちたうし』や、『きつね
のとうさんごちそうとった』よりも一回り小さい判型なので、なお
さらそう感じるのかもしれませんね。
 ディテールの細かさはこの作家の得手の一つですが、18世紀のイ
ギリスの風俗が余す所なく描かれ、音や匂いまで感じられそうな1
冊です。


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(編集後記)

『きつねのとうさん ごちそうとった』は、ほんとうに美しい絵本
で初めて手にした時はとても感動したことを、昨日のことのように
覚えています。子どもたちに読んだところ、しばらくしてから、こ
のとうさんの狩りをまねてごちそうをつくるごっこ遊びをしはじめ
ました。薪をくべ、火をおこし、おいしそうに食べている姿を、こ
の絵本で思い出したところです。

                         (さかな)
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2008/09/29

子どもの本だより 71号

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 子どもの本だより

                 2008/09/29     no.71
                      <発行部数 777>
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 マーガレット・ワイズ・ブラウンの作品は、その原書を手に取る
機会が多いぶん、日本語に翻訳されたものを読んでがっかりしてし
まうケースも少なくありません。彼女が選ぶ端正な言葉、その清潔
なにおいを損なうことなく翻訳する作業の難しさは、素人目にも想
像に難くありませんが、だからこそ、今回ご紹介するような絵本に
出合うととても嬉しくなってしまうのです。
 この二冊は、もともと同じシリーズに属する絵本ですが、訳者が
違うため語り口も変化していて、それも魅力の一つとなっています。
谷川俊太郎さんの詩人ならではとも思えるきびきびと軽快な語り、
江國香織さんによる吟味された言葉の丁寧な語り、そのどちらも、
甲乙付けがたく素敵です。
 同シリーズの中には、他にも江國さん翻訳の二冊、『なつのいな
かのおとのほん』『うみべのおとのほん』がありますので、あわせ
てお楽しみください。(尚、今回ご紹介の二冊は、出版社も訳者も
異なるため、表記に多少の違いもありましたが、本にあるとおりに
抜粋させていただきました。)

                        (吉田真澄)

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『しずかで にぎやかな ほん』
            マーガレット・ワイズ・ブラウン さく
                 レナード・ワイスガード え
                      谷川俊太郎 やく
                         童話館出版
                    定価 1470円(税込)


『おへやのなかの おとの ほん』
             マーガレット・ワイズ・ブラウン 文
                 レナード・ワイズガード 絵
                        江國香織 訳
                         ほるぷ出版
                    定価 1365円(税込)


 不世出の作家ともいうべきマーガレット・ワイズ・ブラウンは、
絵本を楽しみ始めた幼い子どもたちのためにたくさんの作品を創り
あげました。編集者としての顔ももっていた彼女は、常に一流の画
家と組むことで、自身の作品世界を大きく拡げることに成功してい
ます。それぞれの画家ならではの個性のもと、独創的で美しく仕上
がった作品群は、およそ半世紀を経た今も、断じて古びてはいませ
ん。
 クレメント・ハードと組んだ『おやすみなさい おつきさま』の
囁くような語りとあたたかな月の黄色、太い輪郭とやわらかな筆触
が安心感を醸しだす『おやすみなさいのほん』、そして、技巧とは
無縁とも思える――しかし、緻密に計算された――自由な線が列車
に生命を宿した『せんろはつづくよ』は、ともにジャン・シャロー
が絵を描いています。

 そして、今回ご紹介するレナード・ワイスガードと組んだ作品は、
モダンアートの様相を呈した大胆な構図が特徴的ですが、『おやす
みなさいおつきさま』にも匹敵する配色の妙も注目すべき点の一つ
です。
 美しいブルーに出合うとつい、心ときめいてしまう私ですので、
『しずかでにぎやかなほん』の表紙に描かれたターコイズブルーを
見たときも、例によって、胸が高鳴りました。このブルーは、フレ
ッシュな朝の空気を運ぶ蒼天のブルーなのですが、新しい一日の始
まりを告げるにふさわしい清清しさです。
 基本は直線、鋭角的な画面の中に、時折混じるなだらかで丸みを
帯びた図案、そこに登場する動物や植物は、正確なデッサンで描か
れていながら、空想が生み出したユーモラスな佇まいをまとっても
います。
 文字の配置や大きさまで、画面を美しく飾る部品の一つとなって
読者を楽しませる斬新なデザインは本当に見事です。
 一方、『おへやのなかの おとの ほん』で使われるブルーは瑠璃
色。この色が基本となって、鮮やかに発色する赤とサフランのよう
に明るい黄土色が画面を飾ります。瑠璃色一色で描かれた場面はど
こまでも静謐で美しく、そこに“音の主”である様々な――平常か
ら奇想天外まで――“もの”が加わります。余白を背景にして、瑠
璃色の階段を上がってくるその“音の主”たちは、赤色効果で読者
に強く印象付けられる趣向です。
 息を呑むほど美しいのに、お道化てでもみせるかのような小粋な
仕掛けが、そこかしこに感じられるのもまた一興。洗練とおかしみ、
一見、矛盾しているようにも思われるこの二つの要素は、精確なデ
ッサン力によってすっきりと並び立ち、一つの世界を形成していま
す。

 さて、肝心の物語はどうでしょうか?

 たとえ絵本であっても、その価値を決定付けるのは、むろん物語
です。どんなに人の視線を引く挿絵が描かれていたとしても、やは
りテキストに魅力がなければ、その絵本はすぐに厭きられてしまう
でしょう。
 マーガレット・ワイズ・ブラウンによるテキストは、幼い子ども
たちに語りかけるように進行し、身近なものから、ちょっぴり想像
力を働かせて楽しむものまで、子どもたちの好奇心を心地好く刺激
します。


  マッフィンは ちっちゃなこいぬ、みみがいい、
  マッフィンは ねむってた、よるじゅう。
  マッフィンは めがさめた、なにかのおとで
  とても しずかな おと。
  なんだろう?
  ありが はってる?
  はちが びっくりしてる?
  かいだんを ぞうが つまさきだちで おりて くるのかな?
  ちがうよ。
  バターが とけてゆくのかな?
  ちがうね                        
               『しずかで にぎやかな ほん』



  こいぬのマフィンは かぜをひきました。
  きょうは そとにはでられません。

          ―中略―

  りょうめをとじて、
  じっとみみを そばだてました。
  こんなぐあい。
  おうちのなかの、いろんなおとが きこえてきます。
  ホウキでゆかを はくおとがしました。
  しゃっしゃっしゃっしゃ
  でんわです。
  ぷるる ぱらら ぷるる ぱらら

          ―中略―

  そのあと マフィンはもうひとつ、ちいさなちいさな
  あしおとをききました。
  そっと、かいだんを あがってきます。
  ちいさなてんとうむしが、マフィンに あいにきたのでしょうか?
  いいえ
  では、へいたいさん?
  いいえ
  あひる?
  いいえ
              『おへやのなかの おとの ほん』




 どちらの絵本も、‘Noisy Book’(原題)というシリーズの中
の一冊で、主人公はプードル犬のマフィンです。八冊のシリーズを
通して、マフィンは、夏の音や冬の音、海辺の音などに耳をそばだ
てます。
『しずかで にぎやかな ほん』の最後の場面では、ささやかな音が
集まって「あたらしい いちにち」が始まりますが、その最も日常
的な変化をドラマティックに描く結末は、一篇の詩のように典麗で
さえあります。


   それは――
   のぼってくる おひさま
   あさの そよかぜ。
   すの なかの ことりたちの みじろぎ。
   ときのこえを あげようとする おんどり。
   それは きょう。

       ―中略―

   それは あたらしい、いちにち



 幼い子どもたちが持つ美の感得力を、創り手自身が信じているか
らこそ生まれた作品なのでしょう。平明な文体は子どもたちに安心
感を与え、斬新な絵がその想像力を際限なく拡げてくれることと信
じます。

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(編集後記)

『しずかで にぎやかな ほん』のいちにちのはじまりへのドラマ
ティックさは、いつ読んでも、背筋がピッとのびる感じがします。
わが家の子どもたちも「すてきだねえ」と、なんど感嘆したことで
しょう。
                         (さかな)
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2008/08/31

子どもの本だより 70号

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 子どもの本だより

                 2008/08/31     no.70
                      <発行部数 779>
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 この物語を読むと、少女たちの笑いさざめく声が、耳元で鈴のよ
うに鳴り始めます。それは、心地好くなつかしいけれど、安易に戻
りたいとは思わせない鋭い痛みを含んだ感覚です。今回読み直して
みて、私の記憶の中にあった、机に向かって黙々と絵を描く少女
(ワンダ)、という場面が、実は本の中に無かったことがわかりま
した。おそらく、私の心のどこかで、この物語はフィクションの垣
根を越えてしまったのではないでしょうか?登場する少女たちは、
確かに生きていたと思えるのです。
『百まいのきもの』という題名で、長らく岩波子どもの本のシリー
ズにおしこめられていましたが、2年前、美しい改訂版となって再
刊され、訳文にも新たに手が加えられました。更に、(訳者である)
石井桃子さんのあとがきが付け加えられたことは嬉しい限りです。

                        (吉田真澄)

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『百まいのドレス』
                  エレナー・エスティス 作
                  ルイス・スロボドキン 絵
                        石井桃子 訳
                          岩波書店
                     定価 1680円(税込)


 ポーランドから移民してきた貧しい少女ワンダは、毎日同じ、青
いしわくちゃのワンピースを着て学校へやって来ました。クラスで
一番目立たない、いつも一人ぼっちのワンダは、しかし、ある日、
「あたし、うちに、ドレス百まい、もっているの」と言って女の子
たちを驚かせます。

「じゃ、どうして、学校へ着てこないの?」

 こうきかれて、ワンダはちょっとのあいだ、くちびるをギュッと
とじて、だまっていました。
 それから、学校で暗唱の時間に、文章をそらでいわされるときの
ように、がんこに、くりかえしました。

「百まい。戸だなのなかに、ずらっと、ならんでる。」

 この日から、毎日ワンダをからかって笑うのがペギーの習慣とな
り、「百まいのドレスごっこ」は始まったのでした。ペギーはワン
ダの姿を見つけると決まってこんなふうに話しかけます。「ちょっ
とおききしますけど、あなた、戸だなのなかに、ドレスを何まい、
お持ちなんでしたっけ?」――そして「百まい」と答えるワンダを
みなで嘲笑するのがお定まりでした。
 この遊びに、密かに心を痛めていたマデラインは、しかし、それ
を親友であるペギーに打ち明けることができずにいます。マデライ
ンの家も決して豊かではなく、ペギーのお下がりの洋服を縫い直し
て着ていたのでした。もし――とマデラインは思います。ワンダを
庇うことで、今度は自分がこんなふうに尋ねられたらどうでしょう?
――「あなたの着ている服はどこで買ったの?」。
 やがて、ペギーもマデラインも、そして私たち読者も、ワンダの
言っていたことが決して嘘ではなかったのだと知ることになります。
図画コンクールの入賞者が発表される日の朝、教室に掲示された絵
を目にした生徒たちは感嘆の声をあげるのです。そこには、色鮮や
かな、一枚と同じデザインのない百枚の美しいスタイル画がありま
した。その一枚残らずがワンダの作品だったのです。


  「ペギー、見て。」マデラインは小声でいいました。
  「いつか、ワンダが話していた青いドレスがあるわ。き
  れいじゃない?」
  「ほんとう!それに、ここに、みどり色のもある。まあ、
  あたしの絵なんか、とてもくらべものにならないわ。」


 このコンクールで一等をとったワンダでしたが、悲しいことにそ
の嬉しい報告を耳にすることなく、この町を去っていきます。ワン
ダのお父さんから教室に届いた手紙には、ポーランド人だとばかに
されたり、へんな名前だとからかわれたりしない、遠い大きな町へ
引っ越すことが綴られていました。自分たちのしたことが、どれだ
けワンダを傷つけていたのかを改めて知ったマデラインは、ワンダ
へお詫びの手紙を書こうと決意しますが……。
 物語の構成、結末のつけ方、共に巧みで、緩んだところがありま
せん。少女の心の揺れをこれほど緻密に、そしてある種の生々しさ
をもって描いた作者には敬服します。人の痛みを知ることのできる
マデラインの視点で物語を進めることで、ワンダとペギーの性格ま
でも浮き彫りにする手法も見事です。葛藤を繰り返しながら、それ
でも正しい道を探そうとするマデラインの姿に、読者は自分を重ね
るでしょうか? しかし、ワンダをからかっていたペギーだって、
決して意地の悪い子なのではありません。ワンダがなぜ「ドレスを
百枚持っている」と言ったのか――いえ、言わなければならなかっ
たのか、そこまでは考えの及ばない天性楽観的な少女であったに過
ぎないのです。
 物語の終盤、ワンダの百枚のスタイル画の中から、一枚ずつを譲
り受けたマデラインとペギーは、そこに自分たちの姿が描かれてい
たことに気づきます。
「だから、あたし、いったでしょ?とにかく、ワンダは、あたした
ちのことをすきだったんだって。」きっぱりとこう言い放ったのは、
悩むことを知らないペギーです。


  「ええ、きっとそうだったのね。」と、マデラインは、ペ
  ギーのことばにうなずき、じぶんの目にうかんだなみだを、
  まぶたではらいおとしました。
   そして、そのなみだは、いつもあの校庭のレンガべいの
  そばの日だまりに、ひとりぼっちで立っていたワンダのこと
  を考えると……そしてまた、じぶんのことを笑いながら立ち
  去っていく女の子たちを、じっと見ていたワンダのことを思
  い出すと……「そうよ、百まい、ずらっとならんでる。」と、
  くりかえしいったワンダを思うと……いつもうかんでくる、
  なみだなのでした。


 スロボトキンの美しい水彩画は、描かれる少女たちの日常と静か
に寄り添いながら、決して出過ぎることなく、粛々と物語を支えて
います。細かな表情の動きは描きこまれていないのに、たとえば視
線を落としてうつむく仕草、頬杖を付きぼんやりと空を見つめる仕
草など、デフォルメを避けたそのささやかな動き一つ一つに、不思
議なほどくっきりと少女の心が透けて見えるのです。晴れ上がった
空のブルー、古ぼけたワンダのワンピースのブルー、そして、ワン
ダが描くドレスのブルー、画面を彩る鮮やかなブルーはその時々で
胸に迫るものがありました。
 訳者の石井桃子さんはあとがきで、「私がこのお話を読み終わっ
た時、もっとも心をうたれたのは、ワンダが百まいのドレスを描い
ていくうちに、自分の中の才能にきづいて、もしかしたら、生きる
力の芽を見いだしたのではなかろうか、と想像して、明るい気持ち
になれたことです。」と記していらっしゃいます。
 たった一人で百まいものスタイル画を完成させた、ワンダのその
目映いばかりの才能――その芽が大きく育ち、豊かに実を結ぶこと
を私も願ってやまないのです。

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(編集後記)

 物語にそえられている前書きや、書いた人、訳した人が記す後書
きは、それひとつで勇気をもらえるほどの力をもらうことがありま
す。どんな思いで、大人の著者や翻訳者が子どもに本を届けようと
したのか――。物語とあわせて、読者の味わえる喜びですね。
 
                         (さかな)
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2008/07/10

子どもの本だより 69号

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 子どもの本だより

                 2008/07/10     no.69
                      <発行部数 774>
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 この物語は、およそ六十年前アメリカで出版され、その二十年後
に日本でも一度翻訳されています。しかし、その後絶版となり、私
も読む機会を逸していました。
 簡潔でウイットに富んだ語りは、終始安定した力で、先へ先へと
読者をいざないます。古いからいいのだ、と単純に言いきることは
危険ですが、それでも、古い物語の中に優れた作品が多いことは事
実です。読者がその身を預けて信頼できる物語は、作家自身が自分
の創りあげた世界に丹心籠めて責任をもつことから生まれます。絵
画や工芸など他の芸術作品にも同様のことがいえると思いますが
、本物に出合えたとき、私たちはその幸運に胸をときめかせるでし
ょう。これまで知らなかったこの物語に出合えたことを私は心から
嬉しく思いました
 今回は、ほんの初めの部分しかご紹介できませんでしたが、その
後の展開は、どうかみなさまそれぞれでお確かめになって、そして、
楽しんでいただければ幸いです。
                        (吉田真澄)

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『キルディー小屋のアライグマ』
                ラザフォード・モンゴメリ 作
                       松永ふみこ 訳
                   バーバラ・クーニー 画
                         福音館文庫
                     定価 683円(税込)


 今回初めて読んだにもかかわらず、どこかで出合った懐かしさを
感じさせる物語です。それは、朴訥な語りに親しみを覚えたためか
もしれませんが、しかし、一方で、他に類を見ない稀少な物語であ
ると断言もできます。
 人付き合いを好まない孤独な老人と、森の動物たち、そしてそれ
ぞれに強烈な個性を放つ十代の少女と少年という、限られた数の登
場人物たちが織り成す人間模様は、一見単純にも見えます。しかし、
題名にもなっているアライグマを初めとした野生動物たちは、人の
矩など易々と超えてみせる活躍(?)ぶりで、物語を翻弄するので
す。
 動物の描き方には、科学的な知識への偏りも、愛情過多なべたべ
たした甘さもありません。むろん、動物ファンタジーの要素もあり
ませんが、しかし、「はにかみ笑い」をするアライグマや、「いま
いましそうにひとにらみ」するスカンクなど、適度な擬人化はそこ
かしこに表れます。そのタイミングが絶妙で、動物と暮らしたこと
のある人は誰でも即座に納得できる、実は表情豊かな動物の生態を
見事に捉えているのです。笑ったりしかめつらをしたり、媚を売っ
たり、怒りを訴えたり、とめまぐるしく変化する動物たちの表情を、
みなさんも目の当たりにしたことがあるでしょう。言葉をもたない
彼らと、私たちがコミュニケーションをとるとき、意外に重要なの
が、この動物たちの表情の変化なのではないでしょうか?
 それはさておき、この、時折登場する動物たちのユーモラスな振
る舞いは、場面の臨場感を効果的に盛り上げ、読者にくすりとした
笑いを提供しています。おそらく、作者自身が、動物たちとはほど
よい距離感で付き合える人だったのでしょう。どちらも無理をせず、
別種の生き物としての尊厳を互いに保ちながら――。
 さて、物語は、主人公のジェローム=キルディーが、山の上に
「かわった家」を建てるところから始まります。家は、大きなアメ
リカ杉の根元に立てました。高さ六十メートル、幹の太さはゆうに
五メートルはある大木の下です。ジェロームじいさんの「へんな形
の家」は、「家のうしろの壁はアメリカ杉の幹そのまま」で、「山
や谷がパノラマのように見える」逆側の壁には、おじいさんがあり
ったけのお金をはたいて買った大きなガラスがはめこまれています。
これまで、墓石を彫る職人として働いてきたジェロームじいさんで
したが、自分の持ち山であるこの土地に家を建てた暁には、誰とも
かかわりを持たず、一人でひっそりと余生を過ごすつもりだったの
です。しかし、そんなジェロームじいさんにも、やがて友だち(の
ようなもの)ができます。この友人たちとつきあうには、どうやら
「ジェロームのだんまり」が、かえって都合がいいらしいのです。


  とはいえ、新しい友人たちは、ジェロームが墓石づくり
  をやっていたころつきあった人たちと、たいしてちがわ
  なかった。すきあらばジェロームを出しぬこうとするし、
  自分かってだし、なかにはこそどろみたいなやつまでい
  た。使い道があろうがなかろうが、はこべるものならな
  んでも持っていってしまう、商人ネズミみたいな連中の
  ことだ。


 お察しのとおり、この「友人」とは、おじいさんが山に家を建て
るずっと前からこの土地に住みついていた動物たちのことなのです
が、中でも、家の床下に巣をつくったマダラスカンクと、「アメリ
カ杉はおれの家だ、おしかけてきたのはじいさんさという顔をして
いた」アライグマとは、長い付き合いになりそうな予感がします。
「ブッチョウヅラ」と名づけられたこのアライグマは、ジェローム
じいさんの家の上、つまりアメリカ杉の幹の上部に住んでいました
が、器量よしの花嫁をもらい、生まれた子どもたちが大きくなった
とき、手狭になった自分たちの巣から、おじいさんの家の中に越し
てきます。その決断をしたのは、ブッチョウヅラのおかみさんで、
彼女は、夫であるブッチョウヅラが留守の間に、さっさと子どもた
ちを引き連れ、ジェロームじいさんの家に入りこんでくるのです。
すると、ブッチョウヅラは――


   ブッチョウヅラがあらあらしい足音でポーチをのぼっ
  てくると、あいた戸口にすわりこんだ。かれはまずおか
  みさんをしかりとばし、つぎにジェロームをにらみつけ
  て、二、三ひどいののしりことばをあびせた。だが、そ
  のうなり声の合い間には、ふんふんと天火の中で焼けて
  いる肉のにおいをかいだり、からだをゆすぶって雨のし
  ずくをふるいおとしたりしていた。おかみさんに最後の
  警告をあたえると、かれはくるりと背をむけてアメリカ
  杉をよじのぼり、自分の巣にはいった。北風が吹いたが、
  いつもなら入り口にすわって、かれの背中にかかる雨を
  ふせいでいたおかみさんがいない。三十分ほど巣の中に
  いたブッチョウヅラは、おりてきてジェロームの戸口に
  あらわれた。ジェロームは、にやっとわらった。


 第一章で描かれる、ジェロームじいさんと動物たちの攻防と交流。
その山場となるのが、おじいさんとブッチョウヅラの厳かな合唱の
場面です。暖炉の前の椅子に腰掛けたジェロームじいさんは、これ
までの自分の人生―周りの誰とも心を通わせず、それどころか満足
な会話さえできなかった―を振り返り、一人語りを始めます。ジェ
ロームじいさん本人でさえ、めったに聞かない自分の声。その声に、
床下のマダラスカンクも、アライグマのおかみさんも不快感を示し
ますが、ブッチョウヅラだけは、深く、長くひっぱる裏声で―まる
でおじいさんのつぶやきに応えるように―歌い始めるのです。今ま
で、ただの一度も歌などうたったことのなかったおじいさんでした
が、ブッチョウヅラの声にあわせて、やがて賛美歌を歌い始めます。
「ブッチョウヅラの節は一つしかない」のでしたが、それがどの賛
美歌ともよく合ったのでした。


  友だちといっしょだと、いままで話したかったことがひ
  とりでに口に出てくるし、うたいたければうたうことも
  できるもんだな。かれは立ちあがって壁にかかったフラ
  ンネルのガウンをとった。寝床にはいるジェロームは、
  にこにこ顔だった。


 二章に入ると、人間の登場人物が増え、物語は少しずつ加速して
いきます。ジェロームじいさんのお隣さん―といっても、おじいさ
んの山の中には彼の家が一件あるだけ、ご近所とはいえ四キロも離
れていたのですが―には、「イッピーの九人」と呼ばれる一家が住
んでいて、その家の七人兄妹の末娘、エマ=ルーは、以前からジェ
ロームの家を訪問したいと考えていたのでした。エマ=ルーは、背
丈が百八十センチ以上もある大柄な兄たちにもひけをとらない逞し
い少女でしたが、野生動物たちと自然に打ち解けあえる、優しく感
性豊かな女の子でもあったのです。
 ブッチョウヅラと合唱し、心通わせあったあの一件から、人とも
話ができるようになっていたジェロームじいさんといち早く仲良く
なったのが、このエマ=ルーでした。そして、エマ=ルーとは犬猿
の仲であるドナルド=ロジャー=キャボット少年も加わって、ジェ
ロームじいさんの暮らしは否が応でもにぎやかになっていきます。
そんな中、おじいさんの家に住み着いた動物たちは、次々と家族を
増やしていき、やがて大きな悩みの種となっておじいさんを苦しめ
ることになるのです……。
 バーバラ・クーニーの挿絵は、ジェロームじいさんの家の様子や、
動物たちのふるまいを、要所でわかりやすく描き出します。白黒で
描かれた一見シンプルなものですが、緻密さや美しさ、そして何よ
り愛らしさにおいて、彩色豊かな他の彼女の作品にも全く見劣りし
ない、見事な出来です。
 読後感は、さわやかでほっこりと満ち足りた気持ち――残念なこ
とといえば、物語の続きをもう少し楽しみたかった、ということく
らい――。ジェロームじいさんとエマ=ルー、そしてブッチョウヅ
ラやその子どもたち、今や大家族となったマダラスカンクたちのそ
の後が、とても気になる私です。

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(編集後記)

 今回、吉田さんがご紹介した本の原書刊行は1949年。邦訳は1971
年に学習研究社より刊行されていたもので、2006年7月に福音館文
庫に入りました。
 バーバラ・クーニーの挿絵が物語に登場するジェロームやアライ
グマを立体的にみせてくれます。私は冒頭のジェロームじいさんが
建てた家の描写がとても好きです。大きなガラス窓に家のうしろ壁
はアメリカ杉の幹のまま、クーニーの絵でそれを確認すると、なん
とも楽しそうな家なのです。この家に住みつこうとするアライグマ
やスカンクとの話はほんとうにおもしろく、ぜひ手にとって最後ま
で楽しんでほしいです。
 それと、ジェロームじいさんの絵なのですが、『おさらをあらわ
なかったおじさん』(フィルス・クラジラフスキー作/光吉夏弥訳
/岩波の子どもの本)にでてくる絵本のおじさんに通じるものがあ
り、思わずクーニーの描いたこの絵本も読み返してしまいました。
 
                         (さかな)

2008/05/30

子どもの本だより 68号

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 子どもの本だより

                 2008/05/30     no.68
                      <発行部数 813>
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 太い幹とたくさんの葉を茂らせた枝。「大きい」ということは、
それだけ長く、その場所で世界を見続けてきたということです。
普段、木々からの「おくりもの」に浴するだけの私たちが、その
恩恵の大きさについて深く考えてみることはあまりありません。
この物語が、目に見え当たり前の風景をリフレッシュしてくれる
ことを期待します。

 発行がままならず申し訳ございません。寛容にお付き合い下さ
るさかなさん、そして読者の皆様に感謝しております。

                        (吉田真澄)
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大きな木のおくりもの


『大きな木のおくりもの』
                 アルビン・トレッセルト 作
                   アンリ・ソレンセン 絵
                        中井貴恵 訳
                        あすなろ書房
                    定価 1575円(税込)


 同じ作者(アルビン・トレッセルト)による『しろいゆき あか
るいゆき』(ロジャー・デュボアザン絵/えくにかおり訳/BL出
版)は、冬の訪れと共にいつも開きたくなる絵本です。空気や湿度
まで感じさせる散文は、詩情とはこうした普段の生活の中にこそあ
るのだと改めて教えてくれました。
 しかし、この『大きな木のおくりもの』を初めて読んだ時には、
そうした趣を感じることはできず、また、自然を脚色美化しただけ
のように見えた絵にも、正直心惹かれなかったのです。
 そんな私が、この絵本を再び開いてみる気持ちになったのは、と
ある公園で朽ち果てた老木を見たからでした。姿だけは堂々として
いても幹は空洞となり、ささくれだった木肌は、まるで無数に刻ま
れた皺のようにも見えます。しかし、その割れた幹の間に、育ち始
めた新芽を確認し、日々循環する生命の力について思いを馳せたの
でした。
 物語が始まって最初の見開きには、青々とした美しい緑の葉を枝
いっぱいに茂らせた見事な大木が、画面を覆いつくすように描かれ
ます。百年、いやもっと長期に亘って、森に大きな木陰をつくって
きたナラの木です。ページを一枚捲ると、そこは晩秋の風景。黄色
の葉の間に忙しく木の実を運ぶ愛らしいリスの姿が見えます。更に
次のページへ進めばそこは冬―ふしくれだった大きな木の根っこは、
小さな動物たちをその捕食者から守る大切な役目を果たしています。
しかし、再び春がやってきた次の場面で、読者は、意外にも、この
大きな木が「芯からむしばまれて」いることを知らされるのです。


  健康な樹皮の下で、幹は、すこしずつくさっていきました。
  木は、年々いためつけられ、だんだん弱くなっていきました。
  春がおとずれるたびに、芽ぶく葉の数はへり、
  大きくひろがった枝は死んで、灰色になりました。

               ―中略―
  冬の嵐がやってくると、
  大きな枝がつぎつぎと折れて、地面に落ちました。
  そして、短くなったうでを空につきあげた幹だけが残りました。


 画面は再び冬を迎えています。そこに描かれるのは、寂しい雪原の
風景の中で、枝をもぎとられて裸になっても尚、渾身の力をこめて空
に向かおうとする――今は小さくなってしまった――「大きな木」。
時の移り変わりとともに、一つの命が朽ちてゆく。それはあたりまえ
のことなのだと画面の手前で枝にちょこんととまったひよどりが教え
てくれているようです。まるで霧のようにたちこめる静寂は、命ある
ものたちの息遣いさえ際立たせるよう。そして、しんと冷えた空気は、
全てを内包するのみで、そこに何の力を加えることもありません。こ
れは、おそらく作者の視点と重なるでしょうか。
 やがて、秋に吹き荒れたハリケーンによって残された幹も根元から
倒れますが、その倒木には小さな動物たちが巣をつくり、樹皮の下で
は、キノコが養分を吸い上げます。長い年月をかけて土にかえってい
く、かつての「大きな木」は、滋養となって多くの命を支えるのです。


  こうして、何年かまえに枝から落ちたドングリが育つころ、
  大きなナラの木は、すっかり土にかえりました。
  大いなる木が身を横たえていたところには、
  茶色いまぼろしのような、豊かな土だけが残りました。


 感傷にも科学的知識にも偏らず、作者の視線は、ただ淡々と自然の
営みを見守ります。
 原書では、もっと選ばれた言葉によって滑らかに物語られているよ
うで、この作者が他の作品で魅せた特長――温度や質感までも伝える
穏やかな筆致――が、更に顕著であったかもしれません。翻訳では、
ところどころ言葉が置き換えられたり省かれたりした箇所もあると聞
き、大変残念に思います。
 しかし、その柔和な表現と絵の中に、生命の本質が語られているこ
とにかわりは無く、今回、遅まきながらそこにたどり着くことができ
た次第です。
 時の移り変わりとともに変遷していく命――その一つ一つが果たす
役割はとてつもなく大きいのだと改めて教えられました。

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(編集後記)


 若葉の美しい季節です。庭の小さな木も葉をいっぱい茂らせてい
ます。いつも今年はもうダメかもと思っていた、ざくろの木は、予
想をうれしく反して新しい葉を茂らせています。
 しかし、こうして美しい自然の恩恵にあずかりながら、未曾有の
天災があちこちに起き、自然の過酷さを目の当たりにしている昨今
でもあります。すこしでも早い復興と、被災された方々の回復を心
より願っています。
 
                         (さかな)
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2008/03/31

子どもの本だより 67号

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 子どもの本だより

                 2008/03/31     no.67
                      <発行部数 817>
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 春の訪れと共に、今年も海の向こうの国々では、イースターを祝
う盛大な催しが開かれることでしょう。このイースターに活躍する
のがイースターバニーと呼ばれるうさぎたちで、美しく装飾された
卵(イースターエッグ)を子どもたちに配達する役割を担っていま
す。
 真綿のような毛並みの愛らしいうさぎが家を訪ねてきてくれるな
んて、春には嬉しい出来事が幾つも起こるものなのですね。

                        (吉田真澄)

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ふわふわしっぽと小さな金のくつ

『ふわふわしっぽと小さな金のくつ』
                デュ・ボウズ・ヘイワード 作
                 マージョリー・フラック 絵
                        羽島葉子 訳
                         Parco 出版
                    定価 1631円(税込)

 イースターの前日の晩から世界中を廻り、子どもたちに美しいイ
ースターエッグを届けるイースターバニー。その大役を任されるの
は、選ばれし5匹の――心がやさしくて、足が速くて、おまけにと
ても賢い――うさぎたちです。
 いなかうさぎの女の子ふわふわしっぽは、このイースターバニー
に選ばれることを幼い頃から夢見ていました。りっぱな体躯を持つ
まわりのうさぎたちは、この小さな女の子の夢を笑い飛ばしました
が、ふわふわしっぽはきっぱりと言い放ちます。

  「いまにわかるわ!」

 物語に興を添えるのは、主人公が結婚し母親となった後に、かつ
て懐いていた壮大な夢を叶えていくことになるという展開です。快
適な住まいをしつらえ、生きるために必要なことを子どもたちに教
えるという母親の仕事こそ、最も重要で尚且つ手間隙のかかる作業
であることはいうまでもありませんが、それを真っ当に評価する絵
本が数多くある一方で、母親本人の自己実現を賞賛したものはあま
り見られないのではないでしょうか。
 その責任感と愛情深い人柄をかわれたふわふわしっぽは、最も大
切な仕事を一任されます。それは、雪と氷に覆われた険しい山の頂
に住む、病気で寝たきりの男の子にイースターエッグを届けるとい
うものでした。3つの山を越えても、まだたどりつけないその場所
へと、全力で急ぐふわふわしっぽ。しかし、最後の難関であるそそ
り立つ山を目の前にして、力尽きてしまいそうです……。
 前半では、パステルカラーの色彩で春の華やぎを伝えていた画面
は、物語の後半で一転、墨色と青みがかったブルーの月夜へと変わ
ります。銀色に輝く新月の冴えた美しさ、白み始めた曙の空を染め
ていくサーモンピンク、その暖かなピンクと雪の冷えた白がみせる
幻想的なコントラスト。ふくらみはじめたりんごの花の蕾は、瑞々
しくたおやかで、夜明けと共にすぐにでも花開きそうです。マージ
ョリー・フラックが描く絵の力により、物語のスケールは格段に拡
がったといえるのではないでしょうか。加えて、この画家が描くう
さぎはとても愛らしい口元をしていて、瞳はつやつやと濡れたよう
です。
 大きな仕事をやり遂げたふわふわしっぽは、子どもたちの待つ家
へと急ぐのですが、この場面から、またやわらかなパステルを基調
とした画面に戻り、母親であるふわふわしっぽの日常が無事に戻っ
てきたのだとわかります。子どもたちは、お母さんが留守の間も、
しつけられたそれぞれの役目をきちんと果たしていたので、家の中
はすっきり片付いていたのでした。
 明解なテーマ、健全なる主人公、そして愛らしい絵――子どもの
本としては無敵な強さを誇る絵本だといえます。さらに、今回、こ
の画家のデッサンの正確さと配色の美しさには、改めて感心した私
です。カバー全体を覆うサーモンピンクは、ふわふわしっぽが来て
いるワンピースの色であり、物語のクライマックスで空を彩る曙色
でもあります。母親として前向きに生きながら、幼い頃の夢を諦め
ない強さをも兼ね備えた主人公。その人生を暖かく応援する溌剌た
るサーモンピンクだと感じました。

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(編集後記)
“母親本人の自己実現を賞賛したもの”――確かにそういう絵本は
すぐに思いつきません。この絵本はサーモンピンクがあまりにも愛
らしく、最初はどんな感じの絵本なのかしらとページを開いた時の
ことをよく覚えています。色合いから想像する甘さとは違い、なん
ともキリリとした内容にびっくりし、子どもと一緒に読むようにな
ってから一段と好きになった絵本です。
 
                         (さかな)
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2008/02/14

子どもの本だより 66号

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 子どもの本だより

                 2008/02/14     no.66
                      <発行部数 817>
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 十七世紀スペインの画家ベラスケスが描いた『侍女たち(ラス・
メニーナス)』。その中心に描かれた皇女マルガリータの肖像画を、
私はウィーン美術史美術館で見たことがあります。意志の強そうな
ブルーの瞳、やわらかく閉じられた貝殻のような唇、幼い少女のあ
どけなさと王族の娘としての気高さ――その透きとおるほどに白い
肌は、二十一歳という若さで早世した彼女の運命を暗示しているよ
うで、せつなく胸が痛みました。彼女が悲しげなのは、彼女自身の
事情なのか、あるいは描いた画家の方にその原因があるのか、現代
の私たちにそれを知る術はありません。
 しかし、どれだけの時間が流れても真の芸術は廃れることなく、
私たちに新たな謎を――むろん感動とともに――投げかけるもので
す。この物語を読みながら、改めてそんなことを考えました。
 ご挨拶が遅くなりましたが、今年も「子どもの本だより」をどう
ぞよろしくお願い致します。
                        (吉田真澄)

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『ベラスケスの十字の謎』
                 エリアセル・カンシーノ 作
                        宇野和美 訳
                          徳間書店
                    定価 1470円(税込)

 一枚の絵画を前に私たちが感じる不可思議な思い――それは、か
つて確かにこの絵の前に立ち、絵筆を振るった芸術家たちへの畏怖
の念なのでしょうか?その絵が辿ったとてつもなく長い年月を考え
るだけで身震いしてしまいそうです。日本で開催される大規模な美
術館展は常に人であふれていて、そんな感慨に耽るいとまも無いの
が不満の種ですが、それでも、一瞬で人の心を惹き付ける一枚の絵
の威力を肌で感じたくて、私たちは混んだ美術館へせっせっと足を
運ぶのかもしれません。
 物語の軸となるのは、ベラスケスが描いた『侍女たち(ラス・メ
ニーナス)』。二年前、プラド美術館が来日した際には、残念なが
らそのリストにありませんでしたが、おそらく皆さんも図版などで
一度はご覧になったことがあるはずです。奥行きを感じさせる薄暗
い画面の中には、十一人と一匹(の犬)が描かれていますが、その
中で、一人光を浴びて立つ幼い皇女の愛らしい姿が印象的な絵です。
 この有名な絵画には二つの謎があるといいます。一つは、画面の
右奥に立つ男の正体、そしてもう一つが、左端に立つベラスケス本
人の胸に描かれた十字の紋章は一体誰が書き入れたのか、というこ
とです。この十字章は、当時のスペインでは最も名誉あるとされた
サンティエゴ騎士団の紋章なのですが、ベラスケスがこの紋章をつ
けることを許されたのは、絵が完成してから三年後のことであり、
従って、十字はあとで描き加えられたものと考えてられているので
す。物語の終盤に示されるそれぞれの謎の答えには大変興味深いも
のがありますが、何より私たち読者の胸を打つのは、不幸な出自を
背負った主人公ニコラス少年が自己実現を目指して懸命に生きるそ
の姿です。
 ニコラスは、これ以上は背が伸びないとわかった七歳のとき、父
親に売られ、故郷のイタリアからスペインの宮廷に連れてこられた
少年です。スペイン王宮では、小人や黒人といった、当時は異形と
思われていたものたちを集め、道化や召使にしていました。中には
特別な才能を見出されて大きく出世し、高い地位を与えられるもの
もいたということですが、それはよほどの幸運を持ち合わせていな
ければ成し遂げられなかったことでしょう。
 その生まれ持った容姿から、常に侮蔑の対象となり、嘲笑の的と
なってきたニコラスは、絶望と不安から、宮廷にはいってすぐに、
重い病の床に就くこととなってしまいます。その時、彼を死の淵か
ら救い出したのが、一匹の瀕死の子犬でした。いいえ、殺されそう
になっている子犬を命がけで助けたのがニコラスだったのですが、
この出来事は、ニコラスの生きる力となって結実したのです。自分
より弱く儚い命を救ったとき、救った者こそが自らの生を実感する
というモチーフは、多くの物語の中で使われていますが、やはりこ
こでも、ニコラスの今後を運命づける重要な場面として描かれます。


  小さなマスティフ犬をぎゅうっと抱きしめると、
  「ぼくは生きてるんだ」という実感がこみあげて
  きた。
  ぼくは子犬にモーセと名をつけた。聖書のモーセ
  と同じように、おぼれそうになりながら、すんで
  のところで助かったからだ。


 生まれたばかりのマスティフ犬を、自らの命も省みず救ったニコ
ラスは、この地で生き抜くことを硬く心に誓います。生を全うする
ことも危うい瞬間でさえ、消えかかった小さな別の命を救おうとす
る――その本能が、救った側の人間の命をも繋ぎとめることとなっ
たのでした。
 その後のニコラスは、差別からくる様々な困難に、持ち前の知恵
をもって対抗していきます。その助けとなったのが、彼を一人前の
男として扱ってくれる善意ある人々の存在でした。船旅で出会った
頼もしい小人アセド、ニコラスの能力をいち早く見抜いたアロンソ
先生、そして、『侍女たち』の制作に取り掛かったばかりの画家ベ
ラスケス。後に「お義父さん」と呼び慕うようになるアセドから伝
えられた言葉「知恵をたくわえ、ほかの者には見えないものを見、
きこえないものをきき、いつでも自分を信じていれば、人生は切り
開ける」は、苦境から彼を助ける心の糧ともなったのでした。
 ベラスケスは、ニコラスのような(異形と呼ばれた)ものたちが
唯一頼りにできる存在として語られていますが、実存する彼の肖像
画の中には、小人や道化を描いた作品が多く残されていますので、
両者の間には、物語にあるような交流が実際に少なからずあったの
かもしれません。ニコラスも、愛犬となったモーセと共に、『侍女
たち』の中に描かれることとなったのでした。
 後半、物語は、その偉大なる芸術家ベラスケスの苦闘を描き出し
ます。作品に自分の全てをつぎ込み、魂までも失う覚悟で一枚の絵
画と格闘するベラスケスは、鬼気迫る存在感で読者を圧倒します。
彼の苦悩は、自分の作品の中に過去や未来を感じさせる「永遠の時
間」を描きこみたいという一心から発せられるものですが、およそ
四百年を経て、彼の絵画を鑑賞する私たちは、そこに確かに“悠久
の時”を感じ得るはずです。時代を超えて生き続ける芸術作品の極
意を語るには充分なエピソードといえます。
 巻末には、絵に描かれた人物を指し示しながら、物語の登場人物
が丁寧に紹介されていて、そのことからも、ほとんどの登場人物が
実在したのだということがわかります。おそらく作者による想像も
交えたこれらの人物像は、その思惑まで明瞭に個性を持って見事に
描き分けられ、幻想的な手法を帯びる物語の後半部分を土台となっ
て支えています。
 全篇を通して漂う禍々しさ――富と権力を存分に持ち合わせた王
族の生活、それを取り巻く貴族の術策、才能ある芸術家には惜しみ
なく財と地位を与え、翻って、異形に生まれついたものを、残酷に
も見世物や奴隷として扱う――は、物語に独特な深さと艶を与えて
います。善か悪か、正か邪か、全てが暗澹として不明朗なのは、こ
の時代特有のものでもあるでしょうか。
 一枚の名画に具わった、時間も空間も越えた旅へと私たちを誘う
力。四百年も前に描かれた絵の謎が、一編の上質なファンタジーと
なって現代の私たちを楽しませ、夢のようなひと時を与えてくれる
のです。それは、このミステリアスな物語と同じくらい不思議なこ
とかもしれません。


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(編集後記)
 2008年今年初めての発行になります。楽しみにされていた方、お
待たせして申し訳ありません。
 今後も若干不定期になるかもしれませんが、心をこめた読書案内
をお届けしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 「楽しみの質をみきわめた読書」も、絵本の店「星の子」さんで
少しずつ広がっていっているようで、年末3回目の増刷をしました。
上記の案内ページから注文もできますし、「星の子」さんでも常備
しています。これからも本選びの参考にしていただければと思いま
す。
                         (さかな)
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