子どもの本だより
2007/09/10 no.63
<発行部数 808>
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この物語の山場はたくさんあって、また紹介したい人物も片脚の
海賊ジョン・シルバーだけでは決してありませんでしたが、書き終
わってみれば、やはり彼の話に終始してしまったようです。物語の
主人公は、むろん、悪役のシルバーではなく、勇敢な少年ジム・ホ
ーキンズ。彼の若さゆえの無鉄砲が、多くの味方の命を救うことに
なります。そして、彼と旅を共にした大人たちの中で、最も頼りに
なる存在がリプシー医師なのですが(この人物のことも本文で触れ
られませんでした)、思慮分別に優れたこの大人の男さえ、最初の
出会いから騙し果せたジョン・シルバーという海賊は、たいした悪
党であったといわざるを得ません。ジョン・シルバー――実に、
“会ってみたい”と思わせる男です。
幼い時分にこの物語の虜となり、後に「トレジャーハンター」と
して名を馳せた人々もいると聞き、さもありなん、と大いに納得。
読み始めたら、中断するのは容易ではありませんから、どうか、心
して本を開いて頂けますように――。
(今回、取り上げた本は岩波文庫版ですが、訳は、以前の少年文庫
版と同様です。現在の少年文庫版は、翻訳者が替わっています。)
(吉田真澄)
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『宝島』
スティーブンスン 作
阿部知二 訳
岩波文庫
定価 630円(税込)
何とも抗い難い魅力を湛えた“悪役”といって真っ先に思い浮か
ぶのは、ジェームス・フック(『ピーターパンとウェンディ』)と、
この物語の立役者、ジョン・シルバーです。片や、ネバーランドと
いう異世界を舞台にしたファンタジー、此方、リアリスティックな
海の男たちの物語――その違いは、それぞれの“悪役”の差異とも
なって、二つの類稀なる“冒険談”を盛り立てています。
ネバーランドの住人、フックの風貌は「しかばねのようにやせこ
け、あさ黒く、髪は、長いまき毛」、その顔立ちはなみはずれて美
しく、「目は、わすれな草の青色で、ふかい悲しみをたたえ」てい
ました。その高貴な佇まいは「かつて有名なパブリックスクールの
生徒」であったという彼の出自からくるもので、自称インテリの彼
は、粗暴な子分たちとは心を通わすことができず、常に深い孤独感
に苛まれています。そこが彼の弱点でもあり、だからこそ、この人
には哀感が漂っていて、私もそこに惹かれたのでした。一方、ジョ
ン・シルバーはどんな人物だったかというと、
左の脚は、付け根のところで切れていて、松葉杖で左の
肩の下をささえて、それを驚くほどたくみに使って、ま
るで鳥のように飛びまわっていた。ひじょうに背が高く、
強そうで、顔は豚の脚肉みたいに大きく――醜くて、青
白かったが、頭がよさそうで、にこにこしていた。
どこまでも不遜な態度でピーターたちの前に立ちはだかったフッ
クとは異なり、シルバーは、小才の利いたふるまいと懐柔策で、周
囲を味方につけていく男です。彼にとっては、敵か味方かなどは到
底関係ないので、彼と「宝島」を争う物語の主人公、ジム・ホーキ
ンズ少年の真っ正直で場当たり的な行動力が自分にとって有効であ
ると判断すれば、互いの間に奇妙な協定さえ結ぼうと試みるのです。
その時、ジムは、敵方の海賊の一人と激しい死闘を繰り広げ――手
に汗握る、実に緊迫した場面です――へとへとに疲れきっていまし
た。真っ暗闇の中、たどりついたと思った味方側の陣地は、しかし、
既にジョン・シルバーを頭とする敵の海賊たちに占拠されていたの
です。「あっ」と思う間もなく、シルバーが飼っている鸚鵡の「フ
リント船長」が不審者の侵入を告げる雄叫びをあげ、ジムは「完全
に敵の手の中に」陥ります。そんな修羅場のさなか、すぐにでも制
裁を加えたい海賊たちを宥めたり賺したりして、ジムの命を繋ぎと
めたのはジョン・シルバーその人でした。
「おまえ(ジム・ホーキンズ)が見あげた男だとわかっ
た。おれは自分にいってきかせた。ジョン、おまえはホ
ーキンズの味方になれ、そうすりゃ、ホーキンズがおま
えに味方してくれる。おまえは、あの子の最後の切札だ。
いや、まちがいのねえところ、ジョン、あの子がおまえ
の切り札なんだ! 互いに助け合うんだ。おまえが、自
分の証人を助けてやれば、その証人は、おまえの首を助
けてくれるんだ。」
と語ってジムに言い寄り、そのことが原因でシルバーに「不信任」
を突きつけてきた子分たちを持ち前の論述で圧倒します。この一連
の場面は、手練手管の技を持つジョン・シルバーの所業の中でも最
も象徴的で、彼自身の生命を大きく左右する大仕事を彼が見事にや
ってのけた重要な場面です。
ジムが「宝島」の地図を手に入れるまでの導入部分さえドキドキ
はらはらの連続。少年を主人公にした冒険物語とはいえ、間一髪で
死を逃れるものとそうでないもの、銃撃戦もあれば、短刀を使った
真剣な命の取り合いもあります。たくさんの海賊たちが命を落とし、
生き残ったものは、よりしたたかに生き抜こうと、弱いものたちを
容赦なく切り捨てていくのです。これぞ海賊、ラム酒を酌み交わす
男たちの蛮声轟く船上の物語――正に一級品の冒険小説といえるで
しょう。
行過ぎた自意識やプライドが自らの首を絞めることとなるフック
の最期は、ピーターとの一騎打ちとはいいながら、深い心の闇と葛
藤を抱えた者同士の心理戦の様相がありました。一方、味方を欺き、
敵の心に取り入って九死に一生を得たシルバーは、船が港に着くと
まもなく、幾ばくかのお金をせしめてジム達の前から姿を消します。
ぷいといなくなってしまうその最後も、まことに彼らしく、私も主
人公のジム少年と同様に、どこかで「安楽に暮らしていて欲しい」
と願うばかりです。強かに……いいえ、(今度こそは)心安らか
に――。
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(編集後記)
季節が秋に移っていくのを感じるようになりました。しかし、ま
だまだ暑さも残っていて、体を元気に保つことに苦労しています。
みなさんは、この夏どんな本を読まれましたでしょうか。
吉田さんが紹介された『宝島』のような長編は、これからの季節
にじっくり読むのにぴったりです。
(さかな)
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