子どもの本だより
2007/12/10 no.65
<発行部数 816>
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冬は零下四十度にもなる地方での生活は、私たちにはとても想像
がつきませんが、どんな場所でも季節でも、幼い人たちはそれにふ
さわしい楽しみを見つけ、毎日を充実させていけるのですね。
今回ご紹介するのは、ノルウェーの「ランゲリュード農場」での
一年間を描いた二冊です。もともとは、一巻に収められていたもの
だそうですので(『ノールウェーの農場』)、どうか二冊ご一緒に
お楽しみ頂けますように。
今年も『子どもの本だより』をご愛読くださいまして、ありがと
うございます。どうかよいお年をお迎えください。
(吉田真澄)
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『小さい牛追い』
『牛追いの冬』
マリー・ハムズン 作
石井桃子 訳
岩波少年文庫
定価 『小さい牛追い』714円(税込)
『牛追いの冬』756円(税込)
それぞれの巻末の解説は、幼少時代、この本を心ゆくまで――ご
兄弟と取り合うほどに――楽しまれたという作家、中川季枝子さん、
瀬名恵子さんのお二方が担当していらっしゃいます。お二人の本に
対する愛情が直に伝わってくる、この物語に大変ふさわしい解説だ
と感じました。
「やっと(私の読む)番がきたときには、本を持ってこのまま家出
したいと本気で考えました」とは、中川さんの談ですが、幼い頃に
このような物語と出会えたなら、その読書経験はそのまま自分の故
郷になって、手元に本さえあれば、いつでも帰りたいときに帰って
いけるのではないでしょうか?
舞台となるのは、ノルウェーの谷間の村にある「ランゲリュード
農場」。四人の子どもたち(長男オーラ、次男エイナール、長女イ
ンゲリド、次女マルタ)とお父さん、お母さん、それに牡牛やヤギ、
ブタ、ネコがいっしょに暮らしています。
今年は、オーラとエイナールが、初めて牛追いをする特別な年。
大勢の人の牛やヤギを秋まで預かり、彼らはたった一人で、山のず
っと上の方にある牧場でその面倒を見るのです。この責任ある仕事
を任された二人の兄弟の成長はもちろん、村の人びととの交流や一
家の日常が、愛情をこめた筆致で――時に粋なユーモアを効かせな
がら――語られていきます。
十歳になるオーラは、ひとりでいるのが好きな子どもで、読書す
ることを何より愛していました。
(オーラは)何かあたらしい本が手にはいると、いつも
こっそりどこかにかくれて、じぶんが、どこにいるかも
忘れて、読みふけります。ほかの子どもたちが、そうい
う状態にいるオーラを呼ぼうとすれば、それはまるでべ
つの、遠い世界から、かれをつれもどすようなあんばい
でした。不幸なことに、おとなたちもまた、オーラを呼
ぶという、ふゆかいなくせをもっていました。オーラ、
少し薪をわっておくれ、オーラ、早く、水を一ぱいくん
できておくれ、などというのです。
エイナールは八歳。腕白盛りのいたずらっ子で、勉強は大嫌い。
「できるだけ、学校や本をずるけ」、本を読まなければならなくな
ると、「すぐ、いつも気もちがわるくなり」、病気になってしまう
ほどです。いつも騒動の中心にいる彼ですが、もちまえの無邪気さ
で、お母さんの怒りさえ煙に巻きます。物語の冒頭、オーラと「ボ
タンの取りっこあそび」をしたエイナールは、負けが込んで、持っ
ていたボタン全てを失います。「用意がいい」オーラに比べて、何
しろエイナールは「けっして、あしたを考えない子」なのです。追
い詰められたエイナールは、おかあさんが自身の形見に、といって
大切にとってある青いエナメルのボタンを欲しいとおかあさんにせ
がみます。
「エイナール、気でもちがったの? あのきれいなエナ
メルのボタンをかい? あれは、あなたにあげる、おか
あさんの形見ですよ。まえに、そう話したでしょう?」
「だけど、いつもらうの?」
「いつって、おかあさんが死んだらです。」
エイナールは、まえよりもっとひどく泣きはじめました。
「そんなこと、いつだかわかんないや。おうお。」
おかあさんは、笑いだしました。
その後、おかあさんは、エナメルのボタンの代わりに、長い赤鉛
筆をエイナールにわたします。すると、エイナールの「涙によごれ
た顔は、また小さい太陽のように輝きはじめ」、むせび泣きは笑い
声にかわったのでした。
また、あるとき、薪割りの手伝いにほとほと嫌気のさしたエイナ
ールは、
「なぜ男の子だけ、こんなに働いて、女の子はあそんでるんだい?
―中略―なぜぼくのこと、女の子にしないで、男にして、みんなで
死ぬほどいじめるんだい?」と叫んで泣き出します。でも、すぐに
お母さんが笑い出したので、「しかたなく」エイナールも笑いはじ
め、「地だんだふんで、いちどきに泣いたり、笑ったり」したので
した。
エイナールの魅力は、その明朗快活で後先考えない行動力にあり、
こうした天真爛漫な振る舞いは、得てして、大人からは“子どもら
しい”と判ぜられ、それはそのままその子が“愛される”要素とも
なります。喜びも悲しみも全身で表現するエイナールは、本当に愛
すべき少年ですし、おもしろいエピソードには事欠きません。
一方、オーラはというと、一人で思索に耽ったり、夢中で本を読
んだり、といった孤独を楽しめる少年で、長男という立場から、親
の言うことをよく聞き、幼いながらも、高いプライドを持ち、自分
を律することもできます。どちらかというと不器用にしか自分の思
いを表現できないオーラは、率直な振る舞いで大人の関心をさらい、
さらには許容されていくエイナールの存在をどう思っていたのでし
ょうか? エイナールとの仲の悪さを諌めようとするお母さんとオ
ーラの間で、こんなやりとりをする場面があります。
「おかあさんは、いつだって、エイナールがすきなんだ。」
「ええ、すきですとも。わたしは、あなたがたが、ふた
りともすきですよ。」
オーラは、顔をそむけて、つぶやきました。
「ちがう、ぼくのことは、すきじゃない。」
もちろん、お母さんはオーラの思い込みを払拭しようと、この後、
時間をかけてオーラを説得します。オーラも、お母さんの言葉に理
解を示しますが、それでも、この場面は、本当に寂しくて、思慮深
くひっこみじあんなこの少年を、私は思わず抱きしめたくなるので
す。時を移さずして、オーラは、牛追いに行ったきり帰ってこない
エイナールを心配し、必死でその姿を探しながら、エイナールと自
分の絆の深さを再確認することとなるのですが――。
エイナールについては、オーラが彼について「うすい金髪で、大
きい、まるい鼻の穴をした、ふとった、小さいやつ」と評していて、
その風貌は、彼の性格と痛快なほど合致しています。いかにも、こ
ろころと愛嬌のある体型をしていそうなエイナールです。オーラに
ついての外見の記述は(鼻が高いということ以外)ほとんどありま
せんが、きっと、北欧ならではの白い肌で、エイナールよりほっそ
りと縦に長く、どこか遠い目をした少年かもしれません。
さて、妹たちは二人とも、健気で愛らしく、そして勇敢です。イ
ンゲリドは、「たいへんりこうで、よくわけがわかりました」し、
マルタは、「まるで、いなびかりのようにすばやくて、才気ばしっ
て」いました。
近所に住む男の子とその友達にマルタがからかわれた時、姉のイ
ンゲリドは、「ふとい木の棒をふりまわしながら」、彼らを追い回
します。
インゲリドのしっかりした小さいからだは、怒りでふく
れあがり、インゲリドは、首をへし折りそうなスピード
で走っていました。
インゲリドが、ほん気でこん棒を使うつもりであること
は、そのようすではっきりわかりました。
―中略―
それから、この勇ましいおとめは、家にはいってくると、
いもうとのほうへむき、こういったものです。
「これで、あの子たち、気をつけると思うわ。これで、
よくわかったでしょうよ!」
一番小さな妹、マルタの忘れられないエピソードといえば、やは
り、彼女が、生死の境をさまようほどのひどい肺炎を患ったことで
しょうか。雪に埋もれていた街道の茶色が少しずつ見え始めた四月、
六歳のマルタは、重い病気―肺炎―にかかります。兄姉たちは、心
配で胸も潰れそうになりながら、必死でその回復を祈り続けるので
す。エイナールは、学校の友だちにどんなにいたずらを仕掛けられ
ても、決してやり返しませんでしたし(でも、マルタが元気になる
と、たっぷりと仕返しをやり遂げたのですが……)、オーラは、
「じぶんが、おとうさんやおかあさんや、いもうとやおとうとたち
と、一つの家のものだということを」、かつてないほど強く感じて、
たった一人で物置小屋に隠れ、誰かがやってくると、「赤い、はれ
た目をして」出てくるようになったのでした。一家は、活気を失い、
まるで火が消えたように静まりかえったのです。
おとうさんとおかあさんは、ほとんどいつも、マルタの
へやにいました。世界はきゅうに、たいへん小さくなり
ました。ふたりにとっては、まい日、小さく、やせてい
くこのむすめが、病気でねているこのへやだけが、世界
になったのです。
「今夜が、とうげです」とお医者に言い渡されたあくる日、本当に
嬉しいことに、マルタは回復の兆しを見せ始めます。マルタの病気
がだんだん治ってくるにつれて、兄姉たちは、日常生活を取り戻し
ますが、それ以来、マルタは何か気に入らないことがあるたび、
「あたしが、肺炎したこと、忘れないで。」と、兄姉たちを「こわ
い調子で」おどすようになるのです。その小さな心に、末っ子の意
地と大病を克服した自負心を秘めて、マルタは、精一杯の自己主張
に臨みます。こうした場面は幾度となく繰り返され、愛らしいその
姿に読者の頬も緩むはずです。
一家をとりまく村の人々は、口数は少なくとも、堅実に日々の暮
らしを健やかに守っています。中でも、オーラとエイナールが出会
った薄倖の少女インゲルを忘れることはできません。インゲルは、
父親を亡くした後、心無い牧場主にこき使われる生活をおくってい
る少女です。しかし、インゲルは、大変貧しい格好はしていても、
「とてもかわいい顔立ち」をしていて、何より、明るく、そして
「夢のすきな子」でした。この少女は、辛い仕事の最中でも、「じ
ぶんが、よその家の牛追いをしている、とても貧乏な――たべるも
のさえ、じゅうぶんにない――子」だということを忘れ、将来は、
家族とともに自分の農場をもつことを夢見て、想像の世界を楽しみ
ながら毎日を生きていたのです。
ちょうど思春期の入り口あたりに立つオーラは、ふとした偶然で
インゲルと出会ってから、彼女のことが忘れられず、控えめながら
交流を続けていきました。クリスマスが近づいた時、思いきってイ
ンゲルにカードを贈ったそんなオーラのもとに、彼女から返事が届
きます。しかし、それは、とても悲しい手紙でした。
お友だちのオーラ
きれいな、たかいクリスマスカードをありがとう。いま、
戸だなにしまってあります。クリスマスにあなたからカ
ードをもらってうれしくおもいました。わたしはクリス
マスにカードは一まいもらいましたが、それはあなたか
らでした。ほかにはべつにかわったことはありませんが、
わたしのだいじなおかあさんが、ちょうどクリスマス・
イブに死にました。でも、わたしたちは、そのまえおと
うさんもいませんでした。わたしは、なつにいっしょに
いたランディといます。あれはおにばばです。それでは、
これでペンをおきます。
あなたの忘れられない友だちの
インゲルより
この手紙を受け取ったオーラがどれほど胸を痛めたかは想像に難
くありませんが、しかし、作者は、この少女にも、とびきり嬉しい
結末を用意しています。誰よりもインゲルの幸せを祈ったオーラの
願いが、まるで神様に聞き届けられたかのように、この手紙のやり
とりをきっかけとして、運命は――オーラもインゲルも知らないと
ころで――大きく好転していたのです。
このエピソードを最後に物語は終わりますが、とにかく印象的な
場面の連続で、とてもここに紹介しきれません。クリスマスのお父
さんのゆかいな仮装や、都会からきたヘンリー少年と兄弟との確執、
心優しい役僧さんご夫婦のこと、まだまだたくさんの出来事が闊達
に語られます。何にせよ、大人の読者をも熱中させるだけの真摯な
旨みに満ちた物語だと明言しておきたいところです。また、この少
年文庫版の挿絵は可憐で愛らしく、物語の誠実さにとてもよく似合
っています。
作者マリー・ハムズンは、母親として、自分の子どもたちをモデ
ルにこの物語を執筆したといいますが、だとすれば、これほどまで
に客観性を持って子どもたちを描き分けられたことに畏敬の念を感
じずにはいられません。
『大きな森の小さな家』のようにあたたかく賑やかで、『長くつし
たのピッピ』のように勇ましく、そして『ハイジ』のように心に響
く珠玉の物語を、この機会にぜひ楽しんでみてください。大いなる
充足感を、きっとお約束いたします。
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(編集後記)
『小さい牛追い』は1950年、『牛追いの冬』は1951年に、岩波少
年文庫のラインナップに加わりました。石井桃子さんによる訳者あ
とがきによると、この本の原著"A Norwegian Farm"は、第二次大戦
後まもなくの頃、アメリカの友人から送ってもらった本だそうです。
「そのころ、東北のいなかで牛を飼っていた私にとって、オーラた
ちの生活はまったく身近で、オーラたち自身、いわば、友だちのよ
うに親しく思われて」と書かれています。
私がこの本を読みたいと思った時は、品切れの時で、古書で探し
て読みました。子どもたちの喜怒哀楽あふれる生活を心の深いとこ
ろで感じることができる宝物のような本です。
(さかな)
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