2008/08/31

子どもの本だより 70号

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 子どもの本だより

                 2008/08/31     no.70
                      <発行部数 779>
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 この物語を読むと、少女たちの笑いさざめく声が、耳元で鈴のよ
うに鳴り始めます。それは、心地好くなつかしいけれど、安易に戻
りたいとは思わせない鋭い痛みを含んだ感覚です。今回読み直して
みて、私の記憶の中にあった、机に向かって黙々と絵を描く少女
(ワンダ)、という場面が、実は本の中に無かったことがわかりま
した。おそらく、私の心のどこかで、この物語はフィクションの垣
根を越えてしまったのではないでしょうか?登場する少女たちは、
確かに生きていたと思えるのです。
『百まいのきもの』という題名で、長らく岩波子どもの本のシリー
ズにおしこめられていましたが、2年前、美しい改訂版となって再
刊され、訳文にも新たに手が加えられました。更に、(訳者である)
石井桃子さんのあとがきが付け加えられたことは嬉しい限りです。

                        (吉田真澄)

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『百まいのドレス』
                  エレナー・エスティス 作
                  ルイス・スロボドキン 絵
                        石井桃子 訳
                          岩波書店
                     定価 1680円(税込)


 ポーランドから移民してきた貧しい少女ワンダは、毎日同じ、青
いしわくちゃのワンピースを着て学校へやって来ました。クラスで
一番目立たない、いつも一人ぼっちのワンダは、しかし、ある日、
「あたし、うちに、ドレス百まい、もっているの」と言って女の子
たちを驚かせます。

「じゃ、どうして、学校へ着てこないの?」

 こうきかれて、ワンダはちょっとのあいだ、くちびるをギュッと
とじて、だまっていました。
 それから、学校で暗唱の時間に、文章をそらでいわされるときの
ように、がんこに、くりかえしました。

「百まい。戸だなのなかに、ずらっと、ならんでる。」

 この日から、毎日ワンダをからかって笑うのがペギーの習慣とな
り、「百まいのドレスごっこ」は始まったのでした。ペギーはワン
ダの姿を見つけると決まってこんなふうに話しかけます。「ちょっ
とおききしますけど、あなた、戸だなのなかに、ドレスを何まい、
お持ちなんでしたっけ?」――そして「百まい」と答えるワンダを
みなで嘲笑するのがお定まりでした。
 この遊びに、密かに心を痛めていたマデラインは、しかし、それ
を親友であるペギーに打ち明けることができずにいます。マデライ
ンの家も決して豊かではなく、ペギーのお下がりの洋服を縫い直し
て着ていたのでした。もし――とマデラインは思います。ワンダを
庇うことで、今度は自分がこんなふうに尋ねられたらどうでしょう?
――「あなたの着ている服はどこで買ったの?」。
 やがて、ペギーもマデラインも、そして私たち読者も、ワンダの
言っていたことが決して嘘ではなかったのだと知ることになります。
図画コンクールの入賞者が発表される日の朝、教室に掲示された絵
を目にした生徒たちは感嘆の声をあげるのです。そこには、色鮮や
かな、一枚と同じデザインのない百枚の美しいスタイル画がありま
した。その一枚残らずがワンダの作品だったのです。


  「ペギー、見て。」マデラインは小声でいいました。
  「いつか、ワンダが話していた青いドレスがあるわ。き
  れいじゃない?」
  「ほんとう!それに、ここに、みどり色のもある。まあ、
  あたしの絵なんか、とてもくらべものにならないわ。」


 このコンクールで一等をとったワンダでしたが、悲しいことにそ
の嬉しい報告を耳にすることなく、この町を去っていきます。ワン
ダのお父さんから教室に届いた手紙には、ポーランド人だとばかに
されたり、へんな名前だとからかわれたりしない、遠い大きな町へ
引っ越すことが綴られていました。自分たちのしたことが、どれだ
けワンダを傷つけていたのかを改めて知ったマデラインは、ワンダ
へお詫びの手紙を書こうと決意しますが……。
 物語の構成、結末のつけ方、共に巧みで、緩んだところがありま
せん。少女の心の揺れをこれほど緻密に、そしてある種の生々しさ
をもって描いた作者には敬服します。人の痛みを知ることのできる
マデラインの視点で物語を進めることで、ワンダとペギーの性格ま
でも浮き彫りにする手法も見事です。葛藤を繰り返しながら、それ
でも正しい道を探そうとするマデラインの姿に、読者は自分を重ね
るでしょうか? しかし、ワンダをからかっていたペギーだって、
決して意地の悪い子なのではありません。ワンダがなぜ「ドレスを
百枚持っている」と言ったのか――いえ、言わなければならなかっ
たのか、そこまでは考えの及ばない天性楽観的な少女であったに過
ぎないのです。
 物語の終盤、ワンダの百枚のスタイル画の中から、一枚ずつを譲
り受けたマデラインとペギーは、そこに自分たちの姿が描かれてい
たことに気づきます。
「だから、あたし、いったでしょ?とにかく、ワンダは、あたした
ちのことをすきだったんだって。」きっぱりとこう言い放ったのは、
悩むことを知らないペギーです。


  「ええ、きっとそうだったのね。」と、マデラインは、ペ
  ギーのことばにうなずき、じぶんの目にうかんだなみだを、
  まぶたではらいおとしました。
   そして、そのなみだは、いつもあの校庭のレンガべいの
  そばの日だまりに、ひとりぼっちで立っていたワンダのこと
  を考えると……そしてまた、じぶんのことを笑いながら立ち
  去っていく女の子たちを、じっと見ていたワンダのことを思
  い出すと……「そうよ、百まい、ずらっとならんでる。」と、
  くりかえしいったワンダを思うと……いつもうかんでくる、
  なみだなのでした。


 スロボトキンの美しい水彩画は、描かれる少女たちの日常と静か
に寄り添いながら、決して出過ぎることなく、粛々と物語を支えて
います。細かな表情の動きは描きこまれていないのに、たとえば視
線を落としてうつむく仕草、頬杖を付きぼんやりと空を見つめる仕
草など、デフォルメを避けたそのささやかな動き一つ一つに、不思
議なほどくっきりと少女の心が透けて見えるのです。晴れ上がった
空のブルー、古ぼけたワンダのワンピースのブルー、そして、ワン
ダが描くドレスのブルー、画面を彩る鮮やかなブルーはその時々で
胸に迫るものがありました。
 訳者の石井桃子さんはあとがきで、「私がこのお話を読み終わっ
た時、もっとも心をうたれたのは、ワンダが百まいのドレスを描い
ていくうちに、自分の中の才能にきづいて、もしかしたら、生きる
力の芽を見いだしたのではなかろうか、と想像して、明るい気持ち
になれたことです。」と記していらっしゃいます。
 たった一人で百まいものスタイル画を完成させた、ワンダのその
目映いばかりの才能――その芽が大きく育ち、豊かに実を結ぶこと
を私も願ってやまないのです。

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(編集後記)

 物語にそえられている前書きや、書いた人、訳した人が記す後書
きは、それひとつで勇気をもらえるほどの力をもらうことがありま
す。どんな思いで、大人の著者や翻訳者が子どもに本を届けようと
したのか――。物語とあわせて、読者の味わえる喜びですね。
 
                         (さかな)
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