2008/11/28

子どもの本だより 72号

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 子どもの本だより

                 2008/11/28     no.72
                      <発行部数 772>
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 今月は、ピーター・スピアの絵本を2冊ご紹介します。どちらも、
わらべうたを題材にスピアが彩管を揮った楽しい絵本です。どうか
隅々までじっくりとご堪能ください。絵が文字を補って余りある端
正な作品です。
                        (吉田真澄)

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『きつねのとうさん ごちそうとった』
                   ピーター・スピアー え
                       松川真弓 やく
                           評論社
                    定価 1365円(税込)


 ニューイングランド地方で古くから歌われているわらべうた――
を、スピアは見応えのある美しい絵本に仕立てました。
 スピアの絵本の中では、"Peter Spier's Christmas!"(邦題『ク
リスマスだいすき!』現在絶版)と並んで、私が最も好きな作品で
す。
 何といっても、スピアが描く晩秋のニューイングランドの美しい
こと! 煌々たる月の下で、赤や黄に色づいた木々や青い山並みが
輝いてみえます。その明るく照らされた道を急ぐとうさんぎつねで
す。


   おつきさま おねがい
   あかりを ください。あかり あかり
   ぼくは むらに つきたい。
   つきたいんだ。


 川にかかった橋を渡り、教会の墓地を通り抜け、たわわに実るり
んご畑を突っ切って辿りついたお百姓さんの家畜小屋。
 きつねのとうさんがその小屋の扉を開けたとき、驚いたあひるた
ちは、目をまん丸に開けて驚く表情をしながら、涙を浮かべていま
す。きつねのとうさんは、しかし、容赦はしません。舌なめずりを
するが早いか、あっという間に鴨とあひるを一羽ずつ仕留めること
に成功です。


   おもての おおさわぎ
   おばさん まどから のぞく。
   かもたちが きつねに おそわれてるよ。きつね きつね
   ジョン はやく おきてよ。
   はやく おきてよ。


 太って体格のいいおかみさんに急かされてベッドから飛び起き、
マジメな顔でズボンを穿くお百姓のジョン。いかにもおかみさんの
尻に敷かれています、という風情の彼は、あわてて銃を手にすると
ラッパを吹きながら家を飛び出しますが、きつねのとうさんに追い
つくことはできません。
 このあたりの人間の描き方はユーモラスで、思わず笑いを誘われ
ます。スピアは、自身のどの作品でも、皆真剣に生きているからこ
そ生まれるおかしみを上手に表現していますが、ここでも同様です。
 まんまと人間をだしぬいたきつねのとうさんは、大切な獲物を落
とすことなく、無事に我が家へと帰り着くことができました。その
あたたかなほら穴の中では、奥さんぎつねとたくさんの子ぎつねが、
今か今かととうさんの帰りを待ちわびていたのです。


  まってた まってた、とうちゃん
  むらは すてきだ。すてきな とこだ。
  とうさんの とってきた かもや あひるは きられ
  はじめての すてきな ごちそうになった。すてき すてき


 物語の最初から最後まで、きつねのとうさんがどの場所にいても、
月は明るくその行く手を照らし続けています。水彩絵の具で掃くよ
うに塗られたそれぞれの見開きは、やわらかい光を帯びていて、こ
の作家特有のパノラマに広がる画面に深さと奥行きを与えているよ
うです。
 一方、交互にあらわれる黒いペン一色で描かれたページは、生き
生きとした線がディテールの精巧さを際立たせ、余白と上手く溶け
合いながらすっきりと美しい画面をつくっています。
 きつねのとうさんの行く手を俯瞰で見せるのは彩色画、その姿を
クローズアップして周囲のこまごまとしたものまで見せるのは、ペ
ン画のスケッチ――作者自身が、実際にニューイングランドのこの
景色に心惹かれたからこそ出来上がった1冊に違いない、と確信し
てしまうほど勢いのある筆致です。
 たのもしいきつねのとうさん、まぬけなお百姓のジョン、そして
牧草地でやすむ牛や美しく紅葉した野山――全ての動物、人間、そ
して自然に注がれる作者のあたたかい視線が感じられる1冊でした。



『ロンドン橋がおちまする!』
                    ピーター・スピア 画
                        渡辺茂男 訳
                         ブッキング
                    定価 1680円(税込)


 長らく絶版になっていた『ロンドン橋がおちまする!』(以前は
冨山房から出版されていました)が、このたび復刊されました。心
待ちにしていた読者の方もいらっしゃることでしょう。
 流されたり壊されたりを何度も繰り返し、その都度架け直されて
きたロンドン橋の歴史については、巻末に詳しく説明されているの
で、ここでは触れませんが、こうした故事が、いつしかわらべうた
として詠われるようになったことにこそ感興をそそられる思いです。
 スピアは、旧約聖書の『ノアのはこぶね』も絵本にしています。
そして、途轍もなくスケールの大きなこの物語を、作家自身の想像
力を駆使し、具体的に描くことに成功しました。聖人ノアさえも、
私たちと変わりない一人の生身の人間として感じられたほどです。
 同様にこの絵本でも、スピアは彼自身の「ロンドン橋」を創りあ
げています――私たち異国の人間にも馴染み深いわらべうた
"LONDON BRIDGE IS FALLING DOWN" をもとにして――。
 絵本の冒頭には、村の入り口でロンドンへ行く道を尋ねる役人ら
しき人物と、それぞれ別々の方向を指差して応える村の農夫や兵士、
乳絞り女が描かれています。のっけから、この作家らしいとぼけた
ユーモアが画面いっぱいに漂います。
 設計図とにらみあい、最初に架け直された橋は、木と粘土ででき
ていました。その橋が「流される」と、今度は鉄と鋼で、更には金
と銀で、次々に新しく架け替えられるロンドン橋―橋の上には住居
や店舗があって、果物売りが行きかい、洗濯物がはためきます。私
たちの身近にある橋とは大きく違うようです。
 絵本の中ほどには、水墨画のように静謐な画面も登場し、賑やか
なわらべうたに叙情性を加えています。この風景は、私たちもよく
知る“霧のロンドン”なのでしょう、霧に煙る美しいロンドン橋で
す。そして、金と銀で架け替えられた橋には、強奪目的の海賊も現
れますが、それが何と、あのジョン・シルバー(らしい)なのも、
私には楽しい趣向でした。
 喧騒の町ロンドンが丸々この絵本の中に入ってしまったさまは、
まるで中身のぎっしり詰まったおもちゃ箱のような風体です。スピ
アの他の(横長画面の)作品『うんがにおちたうし』や、『きつね
のとうさんごちそうとった』よりも一回り小さい判型なので、なお
さらそう感じるのかもしれませんね。
 ディテールの細かさはこの作家の得手の一つですが、18世紀のイ
ギリスの風俗が余す所なく描かれ、音や匂いまで感じられそうな1
冊です。


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(編集後記)

『きつねのとうさん ごちそうとった』は、ほんとうに美しい絵本
で初めて手にした時はとても感動したことを、昨日のことのように
覚えています。子どもたちに読んだところ、しばらくしてから、こ
のとうさんの狩りをまねてごちそうをつくるごっこ遊びをしはじめ
ました。薪をくべ、火をおこし、おいしそうに食べている姿を、こ
の絵本で思い出したところです。

                         (さかな)
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