子どもの本だより
2008/07/10 no.69
<発行部数 774>
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++◆
この物語は、およそ六十年前アメリカで出版され、その二十年後
に日本でも一度翻訳されています。しかし、その後絶版となり、私
も読む機会を逸していました。
簡潔でウイットに富んだ語りは、終始安定した力で、先へ先へと
読者をいざないます。古いからいいのだ、と単純に言いきることは
危険ですが、それでも、古い物語の中に優れた作品が多いことは事
実です。読者がその身を預けて信頼できる物語は、作家自身が自分
の創りあげた世界に丹心籠めて責任をもつことから生まれます。絵
画や工芸など他の芸術作品にも同様のことがいえると思いますが
、本物に出合えたとき、私たちはその幸運に胸をときめかせるでし
ょう。これまで知らなかったこの物語に出合えたことを私は心から
嬉しく思いました
今回は、ほんの初めの部分しかご紹介できませんでしたが、その
後の展開は、どうかみなさまそれぞれでお確かめになって、そして、
楽しんでいただければ幸いです。
(吉田真澄)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『キルディー小屋のアライグマ』
ラザフォード・モンゴメリ 作
松永ふみこ 訳
バーバラ・クーニー 画
福音館文庫
定価 683円(税込)
今回初めて読んだにもかかわらず、どこかで出合った懐かしさを
感じさせる物語です。それは、朴訥な語りに親しみを覚えたためか
もしれませんが、しかし、一方で、他に類を見ない稀少な物語であ
ると断言もできます。
人付き合いを好まない孤独な老人と、森の動物たち、そしてそれ
ぞれに強烈な個性を放つ十代の少女と少年という、限られた数の登
場人物たちが織り成す人間模様は、一見単純にも見えます。しかし、
題名にもなっているアライグマを初めとした野生動物たちは、人の
矩など易々と超えてみせる活躍(?)ぶりで、物語を翻弄するので
す。
動物の描き方には、科学的な知識への偏りも、愛情過多なべたべ
たした甘さもありません。むろん、動物ファンタジーの要素もあり
ませんが、しかし、「はにかみ笑い」をするアライグマや、「いま
いましそうにひとにらみ」するスカンクなど、適度な擬人化はそこ
かしこに表れます。そのタイミングが絶妙で、動物と暮らしたこと
のある人は誰でも即座に納得できる、実は表情豊かな動物の生態を
見事に捉えているのです。笑ったりしかめつらをしたり、媚を売っ
たり、怒りを訴えたり、とめまぐるしく変化する動物たちの表情を、
みなさんも目の当たりにしたことがあるでしょう。言葉をもたない
彼らと、私たちがコミュニケーションをとるとき、意外に重要なの
が、この動物たちの表情の変化なのではないでしょうか?
それはさておき、この、時折登場する動物たちのユーモラスな振
る舞いは、場面の臨場感を効果的に盛り上げ、読者にくすりとした
笑いを提供しています。おそらく、作者自身が、動物たちとはほど
よい距離感で付き合える人だったのでしょう。どちらも無理をせず、
別種の生き物としての尊厳を互いに保ちながら――。
さて、物語は、主人公のジェローム=キルディーが、山の上に
「かわった家」を建てるところから始まります。家は、大きなアメ
リカ杉の根元に立てました。高さ六十メートル、幹の太さはゆうに
五メートルはある大木の下です。ジェロームじいさんの「へんな形
の家」は、「家のうしろの壁はアメリカ杉の幹そのまま」で、「山
や谷がパノラマのように見える」逆側の壁には、おじいさんがあり
ったけのお金をはたいて買った大きなガラスがはめこまれています。
これまで、墓石を彫る職人として働いてきたジェロームじいさんで
したが、自分の持ち山であるこの土地に家を建てた暁には、誰とも
かかわりを持たず、一人でひっそりと余生を過ごすつもりだったの
です。しかし、そんなジェロームじいさんにも、やがて友だち(の
ようなもの)ができます。この友人たちとつきあうには、どうやら
「ジェロームのだんまり」が、かえって都合がいいらしいのです。
とはいえ、新しい友人たちは、ジェロームが墓石づくり
をやっていたころつきあった人たちと、たいしてちがわ
なかった。すきあらばジェロームを出しぬこうとするし、
自分かってだし、なかにはこそどろみたいなやつまでい
た。使い道があろうがなかろうが、はこべるものならな
んでも持っていってしまう、商人ネズミみたいな連中の
ことだ。
お察しのとおり、この「友人」とは、おじいさんが山に家を建て
るずっと前からこの土地に住みついていた動物たちのことなのです
が、中でも、家の床下に巣をつくったマダラスカンクと、「アメリ
カ杉はおれの家だ、おしかけてきたのはじいさんさという顔をして
いた」アライグマとは、長い付き合いになりそうな予感がします。
「ブッチョウヅラ」と名づけられたこのアライグマは、ジェローム
じいさんの家の上、つまりアメリカ杉の幹の上部に住んでいました
が、器量よしの花嫁をもらい、生まれた子どもたちが大きくなった
とき、手狭になった自分たちの巣から、おじいさんの家の中に越し
てきます。その決断をしたのは、ブッチョウヅラのおかみさんで、
彼女は、夫であるブッチョウヅラが留守の間に、さっさと子どもた
ちを引き連れ、ジェロームじいさんの家に入りこんでくるのです。
すると、ブッチョウヅラは――
ブッチョウヅラがあらあらしい足音でポーチをのぼっ
てくると、あいた戸口にすわりこんだ。かれはまずおか
みさんをしかりとばし、つぎにジェロームをにらみつけ
て、二、三ひどいののしりことばをあびせた。だが、そ
のうなり声の合い間には、ふんふんと天火の中で焼けて
いる肉のにおいをかいだり、からだをゆすぶって雨のし
ずくをふるいおとしたりしていた。おかみさんに最後の
警告をあたえると、かれはくるりと背をむけてアメリカ
杉をよじのぼり、自分の巣にはいった。北風が吹いたが、
いつもなら入り口にすわって、かれの背中にかかる雨を
ふせいでいたおかみさんがいない。三十分ほど巣の中に
いたブッチョウヅラは、おりてきてジェロームの戸口に
あらわれた。ジェロームは、にやっとわらった。
第一章で描かれる、ジェロームじいさんと動物たちの攻防と交流。
その山場となるのが、おじいさんとブッチョウヅラの厳かな合唱の
場面です。暖炉の前の椅子に腰掛けたジェロームじいさんは、これ
までの自分の人生―周りの誰とも心を通わせず、それどころか満足
な会話さえできなかった―を振り返り、一人語りを始めます。ジェ
ロームじいさん本人でさえ、めったに聞かない自分の声。その声に、
床下のマダラスカンクも、アライグマのおかみさんも不快感を示し
ますが、ブッチョウヅラだけは、深く、長くひっぱる裏声で―まる
でおじいさんのつぶやきに応えるように―歌い始めるのです。今ま
で、ただの一度も歌などうたったことのなかったおじいさんでした
が、ブッチョウヅラの声にあわせて、やがて賛美歌を歌い始めます。
「ブッチョウヅラの節は一つしかない」のでしたが、それがどの賛
美歌ともよく合ったのでした。
友だちといっしょだと、いままで話したかったことがひ
とりでに口に出てくるし、うたいたければうたうことも
できるもんだな。かれは立ちあがって壁にかかったフラ
ンネルのガウンをとった。寝床にはいるジェロームは、
にこにこ顔だった。
二章に入ると、人間の登場人物が増え、物語は少しずつ加速して
いきます。ジェロームじいさんのお隣さん―といっても、おじいさ
んの山の中には彼の家が一件あるだけ、ご近所とはいえ四キロも離
れていたのですが―には、「イッピーの九人」と呼ばれる一家が住
んでいて、その家の七人兄妹の末娘、エマ=ルーは、以前からジェ
ロームの家を訪問したいと考えていたのでした。エマ=ルーは、背
丈が百八十センチ以上もある大柄な兄たちにもひけをとらない逞し
い少女でしたが、野生動物たちと自然に打ち解けあえる、優しく感
性豊かな女の子でもあったのです。
ブッチョウヅラと合唱し、心通わせあったあの一件から、人とも
話ができるようになっていたジェロームじいさんといち早く仲良く
なったのが、このエマ=ルーでした。そして、エマ=ルーとは犬猿
の仲であるドナルド=ロジャー=キャボット少年も加わって、ジェ
ロームじいさんの暮らしは否が応でもにぎやかになっていきます。
そんな中、おじいさんの家に住み着いた動物たちは、次々と家族を
増やしていき、やがて大きな悩みの種となっておじいさんを苦しめ
ることになるのです……。
バーバラ・クーニーの挿絵は、ジェロームじいさんの家の様子や、
動物たちのふるまいを、要所でわかりやすく描き出します。白黒で
描かれた一見シンプルなものですが、緻密さや美しさ、そして何よ
り愛らしさにおいて、彩色豊かな他の彼女の作品にも全く見劣りし
ない、見事な出来です。
読後感は、さわやかでほっこりと満ち足りた気持ち――残念なこ
とといえば、物語の続きをもう少し楽しみたかった、ということく
らい――。ジェロームじいさんとエマ=ルー、そしてブッチョウヅ
ラやその子どもたち、今や大家族となったマダラスカンクたちのそ
の後が、とても気になる私です。
-------------------------------------------------------------
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
★★ お知らせ ★★
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
― 吉田真澄さんの講演録「楽しみの質をみきわめた読書」―
講演録冊子の入手は絵本の店「星の子」さんへ。
http://homepage2.nifty.com/hoshinoko/
▼冊子の御案内ページはこちら
1冊300円。送料実費でお送りします。
http://www.litrans.net/maplestreet/kodomo/info/order.htm
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。<゜)))彡
(編集後記)
今回、吉田さんがご紹介した本の原書刊行は1949年。邦訳は1971
年に学習研究社より刊行されていたもので、2006年7月に福音館文
庫に入りました。
バーバラ・クーニーの挿絵が物語に登場するジェロームやアライ
グマを立体的にみせてくれます。私は冒頭のジェロームじいさんが
建てた家の描写がとても好きです。大きなガラス窓に家のうしろ壁
はアメリカ杉の幹のまま、クーニーの絵でそれを確認すると、なん
とも楽しそうな家なのです。この家に住みつこうとするアライグマ
やスカンクとの話はほんとうにおもしろく、ぜひ手にとって最後ま
で楽しんでほしいです。
それと、ジェロームじいさんの絵なのですが、『おさらをあらわ
なかったおじさん』(フィルス・クラジラフスキー作/光吉夏弥訳
/岩波の子どもの本)にでてくる絵本のおじさんに通じるものがあ
り、思わずクーニーの描いたこの絵本も読み返してしまいました。
(さかな)